平安時代の暮らし

平安時代の女性はメイク落としはどうしてた?洗顔とスキンケア事情


平安時代 洗顔

前回は平安時代の女性の白粉について紹介しました

ところで、こんなにべったり厚化粧をしている平安女子たちですが、この化粧はどうやって落としていたんだろう?

っていうか、平安時代にメイク落としや化粧水ってあったのか?

ということで、今回は平安時代のスキンケア事情です。

平安時代の女性のメイク落としは?

前回のお話で書いたように平安時代の貴族の女性たちは毎日かなりの厚化粧をしていたようなんですよね。

となると、女子として気になるのは「そのメイク、どうやって落としてたの?」ってことです。

美肌のためにはクレンジングがめちゃくちゃ大事ってのが現代女子にとっては常識じゃないですか。

「メイクを落とさないで寝るのはドブに顔を突っ込んで寝るようなもんだ!」なんて言われたこともある。

だから、白粉をたっぷり塗りたくる平安女子たちはどうしていたのかな?と。

で、調べてみたんですけど・・・

平安時代の女性のメイクを落とす方法って全然みつからないんですよね。

ほんとさっぱり。

ただ、化粧が崩れるって事に関してはいくつかエピソードがありました。

清少納言は枕草子の中で

初めてのお勤めの時に伊周さまがよってきて、緊張で冷や汗がダラダラ、頭は真っ白、顔を隠そうとしたけど扇を取り上げられて・・・

もうこうなったら髪の毛で隠すしかないんだけど、その髪は人に見られては恥ずかしい状態・・・

どうしたらいいかわからず、袖に顔を押し当てて突っ伏してしまいました。

きっと衣の袖に白粉がついて顔がまだらになってしまったことだろう・・・

みたいなことを書いてます。

あと、どこで見つけたか忘れたんですが

化粧をきちんとする上品な人なので明け方には化粧をしていたのだけど、泣きはらすくらい涙を流したらメイクが落ちてしまい、情けないことに誰だかわからなくなってしまったのです・・・

なんて話もありました。

ということから考えるに、

平安時代の貴族の女性のお化粧はかなり落ちやすいということが推測できます。

まぁそうですよね、当然、今みたいにウォータープルーフなんてなかっただろうし。

なんなら、文明の利器を結集して作った現代のウォータープルーフの化粧品すら落ちますからね・・・

なので、たぶん平安時代の化粧は顔を洗えば落ちたのかな、と思われます。

平安時代の洗顔はどうしてた?

じゃあその洗顔はどうしてたんだ?と思うんですが・・・

これまたほとんど記録が見つからない!

なぜ?

顔洗わないとかないよね?

記録に書くほどのことでもないってことなのか?

平安貴族たちはあまりお風呂に入らなかった、なんていわれてるけどまさか顔も洗わなかったのか??

で、平安時代の洗顔について唯一?それらしき情報があるのが「延喜式(えんぎしき)」という書物みたい。

延喜式というのは平安時代の中期にまとめられた律令の施行細則の法令集のことです。

内容は神祇官のことや、国の最高機関である太政官のこと、その他に官司や雑式などで、全部で50巻でできてます。

この延喜式、かなり細かい事まで決められているから平安時代の研究に役立っているそう。

でもって、この中に出てくるのが「小豆三升。澡豆料」。

澡豆(そうず)は平安時代のシャンプーのところでもでてきたあれです。

小豆を粉末状にしたものが洗髪や体を洗うのに使われていたというやつ。

澡豆じたいは奈良時代にはすでに日本に伝わってきてるから、平安貴族の女子たちはこれで顔を洗っていたのでは?

くらいのことしかわからないのが現状。

ちなみに、澡豆はあずきをすり潰せばいいのかなぁと思うので簡単に試せそう。

なんだけど、もっと手軽に澡豆での洗顔を試してみたい人には洗顔用にこういうのもありますよ

(つるつるになると評判↑)

あと、

俗説には米糠も平安時代から使われてたっていわれてるけどよくわからん。

木の実を使っていたという説も?

あと鶯の糞?江戸時代には使われてたみたいだけど平安はどうなんだろう??

平安時代のスキンケアは?

と、洗顔については謎の多い平安時代。

でも、もし顔を洗ってたとしたらきっとスキンケアもしてた・・・よね?

乾燥肌の私としてはそこめちゃくちゃ気になるんだが!

お肌のケアに関しては大昔から動物の脂や植物の汁なんかを使って乾燥を防いでいたんじゃないか?といわれてるよう。

まぁそうだろうなと。

で、気になるのは何を使っていたのかって話なんですけど・・・

これがやっぱり詳しい記録は残っていないようなんだな。

唯一?それっぽり記録が書かれているのが平安時代の宮廷の儀式書『江家次第(ごうけしだい)』というもの。

その中に「面脂(めんし)」という言葉があって、顔に塗る化粧用あぶらのことらしいです。

使い方や原料はわからないけど、肌の保湿とかつやのためだったんじゃないか?と推測されてるらしい。

あと、日常のスキンケアとは違うのだけど、

平安時代の宮中には「重陽宴(ちょうようのえん)」という儀式があって、9月になって寒い季節がきたよ~という知らせの宴をひらいたそう。

で、この時に「菊の露が流れた水を飲むと不老長寿に効く!」という中国から伝わった教えで男性は菊酒を飲んだそう。

一方、女性たちは菊の露にぬらした綿で肌を撫でて若さを保つという風習があったそうです。

平安時代の女性のスキンケアまとめ

平安時代の一つ前の奈良時代に仏教が伝わってきた時に沐浴もいっしょに日本に入ってきたということで、きっと平安時代も顔は洗ってただろう

ってことにはなってるらしいけど、詳しいところはよくわからんというのが現状のようです。

女子としてはものすごく気になるところなんだけどな~

早くタイムマシーンができますように。

澡豆も使ってたという平安時代の女性の髪のケアについてはこちら

平安時代の女性のお化粧についてはこちらをどうぞ

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小町です
子どもの頃から「平安美人」と言われ続けてきた私が自分なりに調べたり、足を運んだり、体験してみたりしてわかった平安時代のあれこれを綴ってます
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