平安時代の暮らし

平安時代はお風呂に入らない!?貴族のお姫様の入浴事情

平安時代 女性 お風呂

前回は平安貴族の女性の洗髪についてお話しました

髪を洗うだけであんなに大変・・・ということはお風呂はいったいどうしていたんだろう??

ということで、今回は平安時代のお風呂のお話です。

平安時代は風呂に入らない?

平安時代の生活を調べ始めていろんなところでちょくちょく見かける気になるフレーズ、それが

平安時代はお風呂に入らない

という情報。

確かに、平安時代の貴族の女性はあの長い髪を洗うだけで一苦労なのに、お風呂に入るとなったらいったいどうなってしまうんだ??

ということで、平安時代のお風呂事情についても調べてみました。

平安時代のお風呂は現代のサウナ

まず、平安時代の人たちもお風呂には入っていました。

ただ、現代とはお風呂のあり方が全然違っていて、「たっぷりお湯をはった湯船に肩までつかる」という入浴法は平安時代にはまだありませんでした。

大量のお湯を沸かすのが平安時代はまだ難しかったようです。

なので、平安時代のお風呂は今でいうサウナのような蒸し風呂でした。

お風呂として使う部屋の中に石を置いて、熱した石に水をかけて蒸気を発生させていたとのこと。

この方法なら少しの水でも蒸気が作れます。

ただ、平安時代にこのお風呂に入るのが習慣になっていたのは実は庶民

庶民の間ではこの蒸し風呂のほかに、季節によっては川で体を洗うなんてこともしていたようです。

あと、温泉はこの頃にもありました!

夏目漱石の「ぼっちゃん」で有名な松山の道後温泉は「伊予の道後温泉」として源氏物語にも名前が出てきます。

ただ、平安貴族が伊予まで温泉旅行にいったかというと・・・たぶん行かないかと。

ちなみに、源氏物語の空蝉の旦那さんの伊予介は伊予国の国守なので伊予に下ったこともあるはず。

地方を治めるために現地に赴く受領など中流貴族は温泉に入った?かもしれない?

でももし女性貴族が地方に下っても温泉には入らないんじゃないかな??

よくわからん。

まぁそんなわけで、実は平安時代は貴族よりも庶民のほうがお風呂に頻繁に入るので清潔だったようです。

平安時代の貴族のお風呂事情

一方で、平安時代の貴族のお風呂事情は庶民とはちょっと違っていました。

平安時代の貴族の家にはお風呂っぽい場所として「風呂殿」と「湯殿」という2つの部屋がありました。

平安貴族のお風呂①風呂殿

「風呂殿」はさっき紹介したサウナのような蒸し風呂のことです。

専用の部屋に床下などから湯気を送り込んで部屋に蒸気をためてから入りました。

蒸し風呂に入る時は裸ではなく「湯帷子(ゆかたびら)」という単衣を着
て、竹でできたすのこの上に敷物を敷いて座ったそうです。

ちなみに、風呂に敷いたこの敷物が「風呂敷」という言葉の由来なんだとか!

風呂殿の中で体を温めて、外に出てから浮いた垢などをふいたりこすったりして、その後お湯で流したそう。

平安貴族のお風呂②湯殿

もう1つの「湯殿」という部屋には小さな浴槽のようなものがあったようです。

大きさは2つあって、小さい物は深さがたったの24cmほど。

沸かしたお湯を入れて手拭いなどを濡らして体を拭いたり、お湯を汲んで体にかけたりしたそう。

もう1つは少し大きめでこちらは深さが50センチほど、やっぱりあまり大きくない。

こちらにも沸かしたお湯を入れるんですが、その中に浸かることはあったようななかったような・・・?

「浸かる」といっても今の湯船よりずっと小さいので、その中でお湯を浴びたりして行水する感じですかね。

平安時代の貴族にとってお風呂とは

こう書くと、「なーんだ、平安時代もしっかりお風呂入ってるじゃん!」って思ってしまいそうなんですが・・・

実は違うんですよ。

平安貴族にとってお風呂は体を清潔に保つためよりも

「身を清める、禊」という儀式の意味合いのが強かったそうです。

特に湯殿での水浴は禊が本来の目的だったよう。

宮中で大事な儀式や行事がある日は朝から身を清めていたといいます。

あと、「蒸し風呂で垢をふやかしてこする」とさっき書きましたけど、今の垢すりみたいにそんなにゴシゴシこすってたわけじゃないみたい。

というかむしろ、「体を洗って垢を落とすと毛穴から邪気が入るからよくない!」とか言われていたんだとか。


そう、平安貴族は迷信とか占いとかそういう超自然現象的なものをとっても大事にしてました。

だから、お風呂に入る日も占いの吉兆で決めていました。

縁起の悪い日にお風呂に入ったら病気になったり死んだりしちゃんだとさ。

ちなみに、平安時代の貴族たちは髪を洗うのも爪を切るのも占いでよしとされる日にしかできません。

平安貴族がお風呂に入る頻度

そうなると、平安時代の貴族はいったいどれくらいの頻度でお風呂に入れたのか?

なんでも、

  • 風呂殿(蒸し風呂)は週に1回
  • 湯殿は週に2回くらい
トータルすると3日に1回はどっちかのお風呂に入ってた模様。

平安貴族は体臭がやばい!?

お風呂は3日に一度って聞くと、

うーん、嫌だけどやってやれないことはない??

と思ってしまうんだけど、でも、実際のところ平安貴族のお風呂の目的は「禊して身を清めよう!」という精神的にきれいになるという方向性。

つまり平安貴族たちはお風呂に入っても「体をきれいにしよう!」という意識は低いわけで・・・

今みたいに石鹸を使って体を洗うわけでも、ゴシゴシ垢すりするわけでもないので清潔かといわれたら・・・

かなり微妙

どうやら、平安貴族の人々には「お風呂に入らないから不潔!」って概念がなかったみたい。

現に、

「着物の上に乾いた垢が落ちて白く溜まってるところがある」

って清少納言が書いてたりする・・・

やばい、汚すぎる!!
見た目の汚さがこのレベルとなると、これはもう絶対、

体臭やばすぎ確定ですよね・・・

そうです、そうなんですよ、なんとも悲しいことに、あの優雅で雅な平安絵巻からは信じがたい

想像を絶する悪臭を平安貴族は放っていた!!らしい。

え?人としてそんな中にいてみんな平気だったわけ?

って思いますよね?

平気かと聞かれたら、どうやら彼らも平気ではなかったようです。

じゃあどうしてたかっていうと、あの必殺道具を使うんです、

お香~!(ドラえもんの声でどうぞ)
そう、平安貴族たちは髪にも着る物にもお香を焚いて香りをつけました。

お部屋の中にもお香の匂いが充満するようにたっぷりお香を焚きました。

お香の香りはおしゃれのため!

だけでなく、体臭をごまかすために欠かせないものだったんですよ。

日本の平安時代にお香が発達したのはこのためだといわれています。

にしてもだ、

御簾越しとか少し離れて、なおかつ仕切るものがあるなら確かにごまかせるかもしれない。

でも・・・

密着したら絶対臭いよね??

平安ガールたちはラブラブシーンでどう思ってたんだ??

恋に落ちて脳内ピンク色だと臭い体臭すら素敵に思えるイリュージョンなのか!?

って気になってしまうんだが・・・

平安時代の姫は風呂に入っていたのか?

と、ここまで平安時代の貴族のお風呂事情について書いてきました。

が!

ここまで書いたのは主に平安貴族の男性の話(と思われる)。

女性の場合、あの長い髪が濡れたら大変だからお風呂の機会はもっと少なかったんじゃないかと思われる。

わからんけど。

あんまり平安時代のお姫さまのお風呂事情の情報が見つからんのですよ。

でも、源氏物語の中の藤壺の妊娠がわかったシーンで

 

ご入浴の際などにも近くでお仕えしていて、ほんの少しの変化でも見過ごすことのない藤壺の乳母の子である弁という女房や王命婦などはおかしいと思うけれども・・・

 

って書かれている。

なので、もちろん平安貴族の女子たちもお風呂には入っていたのはわかる。

でもお風呂に入る頻度とか、入り方とか、髪をどうしてたのかとか、そのあたりがまだよくわからないんですよね。

ということで、また何か情報を見つけたら書き足しますね~

平安時代のお風呂事情まとめ

見た目はあんなにきらびやかなのに猛烈に臭いなんて、平安貴族、残念すぎる。

頭とか脇とかの臭いはもちろんだけど・・・もっとデリケートなところはどうしてたんだろう??

だって、平安時代じゃ用を足しても今みたいに紙で拭いたりできないわけじゃん?

絶対汚い気がするんだけど・・・

ってか、そもそも平安時代のトイレってどうしてたんだ?

と思ったので平安時代のトイレ事情も調べてみた

コメントフォーム

名前  (必須)

メールアドレス (公開されません) (必須)

コメント

ブログ内の検索
プロフィール

小町です
子どもの頃から「平安美人」と言われ続けてきた私が自分なりに調べたり、足を運んだり、体験してみたりしてわかった平安時代のあれこれを綴ってます
詳しい自己紹介はこちら⇒

カテゴリー
人気記事
最近の投稿
メタ情報